共通語や日本語のさまざまな方言のアクセントについての読み物です。
2017年3月 公開
日本語のアクセントとは、どのような性質をもったものでしょうか。 たとえば「ひらがなで書くと同じでも、アクセントによって違う意味になる単語のペアがある」ということは、みなさんご存知だと思います。
方言 | 言葉 | 発音 | 音声ファイル |
---|---|---|---|
共通語 | 「雨」 | あめ | |
共通語 | 「飴」 | あめ | |
三重県鈴鹿方言 | 「雨」 | あめ | |
三重県鈴鹿方言 | 「飴」 | あめ | |
尾鷲弁 | 「雨」 | あめ | |
尾鷲弁 | 「飴」 | あめ |
共通語では「あめ」を「音が下がるパターン」で発音すると「雨」に、「音が上がるパターン」で発音すると「飴」といったように、音の上げ下げのしかたで、別の単語になるペアがあります。 このような例は共通語に限った話ではなく、三重県の鈴鹿方言では「音が上がるパターン」だと「雨」に、「高く平らに続くパターン」だと「飴」になります。尾鷲弁では、「高く平らに続くパターン」だと「雨」、「音が上がるパターン」だと「飴」ですね。 「雨」と「飴」のように、ひらがなで同じになる単語のペアがいちばん分かりやすいですが、「雨」と「飴」のようなペアができるものに限らず、すべての単語に音の上げ下げについての約束があります。たとえば、共通語を使うテレビのニュース番組に出てくるアナウンサーが、「魚」を次のように発音したら、「なんだか変だな」と思う方が多いのではないでしょうか。
方言 | 言葉 | 発音 | 音声ファイル |
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共通語??? | 「魚」 | さかな | |
共通語??? | 「魚」 | さかな | |
共通語◎ | 「魚」 | さかな |
「雨」「飴」のときとは違い、さかな やさかな と発音したら別の意味の単語になってしまう、ということはありませんが、共通語の「魚」はさかなと発音するという約束がある、ということがお分かりいただけますでしょうか。 単語ごとに「この単語はこのように音を上げ下げして発音する」というルールがあり、そのルールのことを「アクセント」と呼んでいます。アクセントは、音の上げ下げによって別の単語に変わってしまうことがある単語でも、ない単語でも、すべての単語に定められています。
「アクセント」という言葉とは別に、「イントネーション」という言葉をご存じの方も多いのではないでしょうか。アクセントもイントネーションも、発音の上げ下げの特徴にかかわるものです。 それでは、アクセントとイントネーションはどこが違うのでしょうか。
アクセント | 単語それぞれに決められた、音の上げ下げの特徴 |
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イントネーション | 単語を使って文を作った上で、文を「色づけ」するために文全体に付け加える音の上げ下げの特徴 |
たとえば、「魚食べた。」と「魚食べた?」の違いについて考えてみましょう。
「魚食べた。」 | |
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「魚食べた?」 |
両方とも、「魚」という単語と「食べた」という単語を組み合わせて作られた文です。この2つの単語は、さかな 、たべた という単語ごとに決められた音の上げ下げの特徴、アクセントをそれぞれもっています。 単語を使って文を作った上で、文全体の最後の方を音を少し上げると、「この文は、誰かほかの人に何かをたずねる文です」というような「色」を文につけることができます。これがイントネーションの働きです。
日本語は、方言ごとにさまざまなアクセントの特徴がみられることはよく知られています。 それぞれの地域ごとに、「この地方の方言はあの地方の方言にアクセントが似ている」「この地区と隣の地区は、すごく近いのにアクセントがまったく違う」といったことが言われていると思います。 方言のアクセントが似ている・違うという判断基準は、人の数だけあるかもしれません。日本語のアクセントの研究の分野では、「その方言ではどういうアクセントのパターンが出てきて、どういうパターンが出てこないか」という観点で方言ごとにもっているアクセントの特徴を分類しています。
共通語は、「下がり目が出てくるか出てこないか」「下がり目がある場合、どこで下がるか」という特徴でまとめられるアクセントの特徴をもっています。
下がり目 | 単語 | 発音 | 音声 |
---|---|---|---|
下がり目なし | 「魚が」 | さかなが | |
1拍目のあとで下がる | 「カラスが」 | からすが | |
2拍目のあとで下がる | 「そば屋が」 | そばやが | |
3拍目のあとで下がる | 「男が」 | おとこが |
鈴鹿方言は、「下がり目が出てくるか出てこないか」「下がり目がある場合、どこで下がるか」が問題になるのは共通語と同じですが、それに加えて単語全体が「下がり目のところまで高く続くコース」をもっているか、「低く始まって上がるコース」のどちらをもっているかも、単語のアクセントを決める上で必要な情報です。 京都方言や大阪方言などのよく知られている関西地方の方言と鈴鹿方言は、アクセントの特徴に関して言えば非常に近い関係にあります。
コース | 下がり目 | 単語 | 発音 | 音声 |
---|---|---|---|---|
高く続く | なし | 「子供が」 | こどもが | |
高く続く | 1拍目のあと | 「命が」 | いのちが | |
高く続く | 2拍目のあと | 「庭師が」 | にわしが | |
高く続く | 3拍目のあと | 「明日が」 | あしたが | |
上がる | なし | 「スズメが」 | すずめが | |
上がる | 2拍目のあと | 「薬が」 | くすりが | |
上がる | 3拍目のあと | 「トンボが」 | とんぼが |
鹿児島市方言は、上でお話しした共通語や鈴鹿市方言とアクセントの特徴が大きく違い、「その単語で下がり目が出てくるか出てこないか」の特徴が、単語それぞれに決められています。
下がり目 | 単語 | 発音 | 音声 |
---|---|---|---|
あり | 「風」 | かぜ | |
あり | 「魚」 | さかな | |
あり | 「かぜひき」 | かぜひき | |
なし | 「山」 | やま | |
なし | 「男」 | おとこ | |
なし | 「山道」 | やまみち |
参考文献: 上野善道 (1997)「複合名詞から見た日本語諸方言のアクセント」杉藤美代子監修, 国広哲弥・廣瀬肇・河野守夫編『日本語音声 2 アクセント・イントネーション・リズムとポーズ』三省堂: 231–270. 上野善道 (2003)「アクセントの体系と仕組み」『朝倉日本語講座 3 音声・音韻』朝倉書店: 61–84.